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ハカタウツシ2

二十六夜様と八朔
加布里には山笠以外の行事にもハカタウツシが見られる。毎年8月26日に行われる「二十六夜様」と9月1日に行われる「八朔」である。「二十六夜様」はこの日の月光の中に阿弥陀三尊の姿が現れるという由来から始まった行事で、この日各家庭では加布里の浜から銀砂(汚れや混じりが無い浜の砂)を運び、玄関先に盛り、ひねり人形を箱庭の様に飾り、初盆の家からロウソクや線香をもらってきて、各家庭の飾りにそれらをお供えながら見回るという行事である。昔ひねり人形は加布里の雑貨屋が博多から卸したものであった。これに似た行事が昔博多でもお盆に「いけどうろう」という名前で行われていた。ひねり人形作りは博多人形師の副業であった。また加布里において昭和初期には多くの家庭にあったと思われるひねり人形は、今ではほとんど姿を消している。現在ではひねり人形の代わりにプラスチックの人形等で箱庭を作り、「二十六夜様」を行っている。尚、博多の「いけどうろう」は今では完全になくなっているが、箱崎に「いけどうろ」や「二十六夜様」に似た行事が今でも行われている。
ひねり人形を飾った様子
昭和初期のひねり人形
上の写真のひねり人形は昭和初期に作られた赤穂四十七士の一式である。この様にセットで現存しているひねり人形はこの加布里にあるセットを含めて、現在2〜3セットしか現存していない。
この赤穂四十七士のひねり人形セットは1999年10月から12月の2ヶ月間、福岡市博物館に展示された。
現在の二十六夜様
「八朔」は男の子が生まれた家庭が誕生を祝って、笹竹に玩具を飾り付け、地域の子ども達に弓矢でその玩具を落とさせ寄贈するとい行事である。勿論全ての子ども達が弓矢で落とす事は出来ないので、最後は笹竹を倒し集まった全ての子ども達に玩具を寄贈されている。加布里の子ども達の間では「八朔」を「弓矢落とし」と呼んでいる。この「八朔」は、かつては博多でも行われていたが、これも現在では「いけどうろう」と同様で無くなっている。加布里には、博多との人とモノの交流があった事が窺われる。
昭和11年頃の加布里の八朔

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